親戚の法事があったとき、昔話が始まりました。昔から付き合いのある親戚同士で、
高齢の人が増えてきて、寄るとさわると古い話になります。たいていいちどは聞いたことがあるのですが、
おじさんとおばさんの結婚式の話は、初めて耳にしました。

いまから40年以上前です。東北から出てきたおじさんと、九州から出てきたおばさんが、
集団就職の形で東京で働き始めます。同郷の人のつながりでお見合いをし、
しばらくあとに結婚を決めました。

会って数ヶ月だったそうで、
現代ではあまりない、しかし当時はありふれた結婚までのいきさつでした。

まだ新幹線が走っていない時代です。

九州と東北は、いまヨーロッパへ出向くより時間のかかる距離でした。おじさんの実家の東北で結婚式をあげることになり、
おばさんのお父さんが、親族として東北まではるばる旅をしました。冬のことで、積もった雪を初めて見たお父さんは感激したそうです。

そして、「九州なまりで申し訳ないが」と前置きして、結婚式でおばさんのある話をしました。

おばさんは乳飲み子のとき、中国大陸で終戦を迎えます。日本へ帰る道筋で、
何度も「この子は無理だからあきらめるか置いていくかしなさい」と言われたそうです。

それほど苦しい逃避行でした。しかしお父さんはあきらめず、
おばさんを抱きかかえて必死に日本へ帰り着き、その後も苦労を重ねて嫁入りまで育て上げました。

「遠い地方の娘ですが、元気に育った同じ日本人ですので、末永くよろしくお願いします」。

お父さんの話は参列者の胸を打ち、長く語り草になったそうです。

そして、お父さんが亡くなった時は、東北から親戚がかけつけ、結婚式の思い出を語ったのだそうです。